他責の基本姿勢に得はない

感情をマネジメント
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会社でなにやら騒いでいる人がいた。

なんでも、しばらくロッカーを使用しなかった間にロッカーに貼っていたキャラクターもの(世界的に有名なネズミ)のマグネットがなくなっていたらしい。限定のレアなグッズだったようで、焦った様子で周りの人に「マグネットがいつまでついていたか覚えてないか」と聞きまわっていた。偶然私の隣のロッカーだったのだが、人のロッカーのマグネットまで意識して見ていないので、言われてみたらそんなものがあったかな?というくらいしか覚えていない。ただ別の人から「10月上旬まではあったはず」という情報があり、それなら防犯カメラに何か映っているかも、と総務部に掛け合っていた。だが結局防犯カメラの映像を確認することはできず、マグネット探しは暗礁に乗り上げたようだった。

その翌朝私がロッカーに行くと、そこにはマグネットの写真と一緒に張り紙がしてあった。

「10月ごろにマグネットを盗難した人は即刻返却してください」

よほどショックだったのかも知らないが、私はこの張り紙はひどく不快だった。出退社時に必ず目に留まってしまい、いやな気持になるので早く剥がしてほしいのだが、おそらくセロテープが劣化して自然に剝がれるまでは当面このままなのだろう。

不快感を感じる理由はいくつかある。まず、そもそも盗難されたと決めつけていることだ。状況的には意図的に持ち去られた可能性が高いとはいえ、他の人がロッカーに貼っていたマグネットが落ちていたこともある。何かの理由でロッカーから落ちて、それを盗難の意図なく持ち去ってしまったのかも知れない。なくなった際の状況が分からず、現時点では「盗難の疑い」があるに過ぎないので、容疑者を即犯人扱いすることは理解に苦しむ。

また、カバンのオフィスフロアへの持込みは情報統制の理由から原則禁止されているのに、その人はロッカーを使用していなかった。コロナ禍ではロッカーが密になる、という理由でロッカー利用は免除されていたがすでに平時に戻っていて、オフィスフロアへの私物の持込みは貴重品やスマホなど最低限でなければならない。それを悪びれもせず「ロッカーは使っていないので気づかなかった」と言われても自業自得ではないか。ルール通りにロッカーを使っていれば、紛失したことにもっと早く気づけたろうし、マグネットを見つけられた可能性もある。

本当に盗難だったとして、「悪意を持った確信犯」であっても、レアなマグネットを自分のものにしかたったのか、それとも個人的な恨みがあって持ち主に困らせたかったのか、理由はいろいろあるだろう。だがそんな大切たものであれば、そもそもロッカーなどに貼っておくべきではなかった。そこは自分の甘さを反省すべきだろう。また個人的な恨みを買っていたのなら、その人の日々の言動が今回の事態を招くきっかけになったということだ。要は自業自得の面があり、裁判なら減刑の要因となり得る。どの道確信犯であれば、犯人に強い口調で返却を申し入れても返ってくることはなく、むしろ逆効果だ。

犯人に強い悪意はなく、出来心と気の迷いでマグネットを持ち去ってしまった、という可能性もある。この場合は、心情に訴えるような言葉を張り紙にすれば、良心の呵責を感じて誤りに気づき、返却する気持ちになるかもしれない。高圧的な内容ではなく「大切なものなのでどうか返却してほしい、マグネットが戻りさえすればそれ以上事を荒立てる事はしない」といった控えめな文言の方が、まだマシだろう。感情に走った張り紙には、浅はかさと不快さを感じてうんざりする。

もちろんロッカーであっても人のものを奪うことは犯罪で、それ自体は許されることではない。ただ今回のケースは、被害者の振る舞いに目に余るものがあってとても同情する気にはなれなかった。人を責めるよりまず自分の行動を省みたほうが良い。人の行動はなかなか変えられないが、自らの行動を改めれば再発を防ぐことが出来るし、その基本姿勢の方が周りから信頼・信用を得られるというものだ。

それに自分のことを棚に上げてまわりばかり責めている人と、誰も一緒に仕事したくないのだから。

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