出世すると、会社から役職に応じた権限を認められ、裁量を与えられる。その裁量の範囲で責任も課され、責任に応じて給与が上がっていく。また、給与に見合った成果が出せているかどうかも評価される。その役職で評価され、会社から認められればまた一つ上の役職への昇進があり、そこでまた権限・裁量・責任・給与が上がっていく。最終ゴールは社長だ。
人は皆、欲求を満たして幸せになるために生きている。そして出世により満たされる欲求があり、その欲求は人によって優先順位が異なるため、自ずと出世に対する考え方も変わっていく。パッと思いつくのは以下の5つだ。
①名声 → 役職に就くことで自己顕示欲を満たす
出世すれば、会社や上司から認められ、発言力が増し、また部下も増えていく。同期や先輩より先に出世すれば、出世レースに勝った、ということになる。周りから役職で呼ばれ、また家族や友人の見る目も変わってくる。自分はその他大勢ではなく、限られた特別な人間なんだと自覚もできる。自分に誇りを持てる。だからこそ出世して、役職に就きたいと願う。
ただし社長にでもならない限りは出世レースには終わりがない。昇進して自己顕示欲が満たされても、1年もたたないうちに自分も周りも慣れてしまって満足できなくなる。それが仕事へのモチベーションにもなるが、周りとの競争を意識しすぎると足の引っ張り合いになりかねない。
②夢 → 自分のやりたいように出来るようになる
社会人であり、会社に所属し組織の一員になれば、基本的には上司の指示には従わなければいけない。上司がすべて正しいわけではないが、上司には責任と権限が与えられている。そのため上司が正しい判断・指示ができるように、部下は必要な判断材料を適切に上司に伝えなければならない。
出世して自分に裁量が与えられれば、自ら判断してその結果を上司に事後報告すればよい、という状況も増えていくし、報告すら不要なこともある。部長にもなればある程度の額の予算の決裁権限があるので、どの開発にいくら使えって良いかを決めることもできる。システム開発は、お金のかけ方によって出来るものが大きく変わってくるが、出世することで自分が良いと思ったシステムを作るチャンスは増えていく。部長でなくても一定の役職に就けば、その発言や意見は部長の判断に影響を与えるため、やはり自分がやりたいことを実現しやすくなる。もちろん、その判断には相応の責任も伴う。
部下が増え、育成方針や人事の裁量も増えていく。会社から与えられた人的リソースをどう活用するかが、役職者の腕の見せ所だ。個々のスキルやモチベーション、仕事に対する考え方、人間関係を加味して体制を考える。高いパフォーマンスを発揮して生産性の高いチームができれば、自ずと役職者の評価も上がる。能力があれば役職者でなくてもチームをより良く変えていくことはできるが、役職者の指示にしか従わない、というメンバも少なからずいるので、役職に就けばチームビルディングもやりやすくなる。
③お金 → 給与が上がり、私生活が充実する
仕事をする目的はお金を稼ぐためだ。働いてお金を稼がなければ食べ物や衣服も買えないし、アパートを借りたりマンションや家を買うこともできない。また、旅行に行ったり、テーマパークで遊んだりするにもお金がかかる。結婚して子供ができれば教育費もかかる。お金自体が重要ではないが、資本主義社会を生きていく中ではお金がないと何もできない。
出世すれば給与・賞与があがっていく。管理職になって残業手当がなるなることで一時的に手取りが下がることは多いが、裁量や権限をうまく使って仕事を部下に割り振るなど、残業時間の削減に取り組めば、家族と過ごす時間や自分のための時間を増やすことにも繋がる。
給与が上がっていけば、いずれはどれだけ残業しても追いつけない金額になる。ただその時に残業手当をもらっていた頃と同じような働き方をしていては、貰ったお金を活かす時間がとれなくなる。管理職になったタイミングで仕事に対する考え方や、取り組み方を変えていこう。そうれば私生活の更なる充実に繋がる。
④承認 → 褒められることが嬉しい
役職や給与自体にそこまで執着はないが、上司や顧客の期待に応えて感謝、評価されることに喜びを感じる。与えられた仕事、ミッションを着実にやり遂げることで自然と周りの評価があがり、さらに重要度の高い仕事にアサインされる。部下育成やチームビルディングも、与えられたミッションの一つだ。与えられたからには全力で責任をもってやり遂げる。このサイクルを繰り返すことで自然と出世し、給与も上がっていく。
その根底にあるのは「褒められたい、周りを喜ばせたい、認められたい」という思いだ。他人との比較ではなく、あくまで自分の仕事に向き合って成果を出し続ける。出世はレースのように競うものではなく、個人の頑張りの結果に後からついてくるものだ。
ただ評価はあくまで他人から得られるもので、いくら頑張っても評価されない事もある。頑張ったことが評価されなければ、モチベーションの低下に繋がるかもしれない。
⑤成長 → 出来なかったことが出来るようになる
④と同様に、出世はあくまで結果に過ぎない。同じ仕事にかかる時間はより短く、また品質も高まっていく。初めてチャレンジしてうまくいかなかったことが、次の機会に出来るようになる。1年前は上司の指示に従うことしかできなくても、今は自分が中心となって周りに指示を出す立場に変わる。出来なかったことが出来るようになる、成長することが喜びだ。そのため努力を惜しまない。
成長し、経験を積んで能力が高まっていけば、次の成長の機会が与えられる。それが昇進であり、出世だ。裁量が与えられ、一人ではなくチームで、周りの力を借りてより大きな成果を求められる。マネジメント力が必要となり、これもまた成長するチャンスとなる。
例え出世や給与に結びつかなくても、自己成長に満足できれば、仕事へのモチベーションを維持できる。
狙って出世した人、そうでない人
40代にもなればまわりの同期や後輩は続々と管理職になっているが、実際のところ、彼らが出世に何を求めているのかは分からない。同期飲み会などあればそういうことを聞くこともできるが、コロナ禍で在宅勤務が増えたことと、同期の多くが東京勤務なので、直接会う機会もなかなかない。プライベートな話題でもあるので、チャットで気軽に聞くのは適切ではない。
少なくとも私の周りで「名声」を第一に考えている人はあまりいない。SEで名声を求めてもたかが知れているし「夢」も似たようなものだろう。「名声」や「夢」は云わば『野心』であって、大部分は『野心』を持たずに「お金」や「承認」「成長」を求めて日々働いている。その結果、半ば『流れ』で出世してしまう。
だが出世すれば役職に応じて責任も増していく。自分の判断・発言の影響力が高まるため、間違った判断をした際に負う責任も大きくなる。そして責任を負うためには覚悟と胆力が必要となる。なにか問題がおきれば逃げずに立ち向かわなければいけない。この時『野心』が支えとなる。『流れ』ではなく『野心』を持って覚悟して出世していることが、土壇場の強さに繋がる。
仕事で一定の評価を得て、また適性があると認められれば管理職には昇進する。しかし部長への昇進は狭き門で、そこから上がっていくのはほんの一握りだ。きっとここに、『野心』があるかどうかの線が引かれるのだろう。
私生活や家族、自信の健康を犠牲にしてまで出世したいわけではないと、満たされる欲求に見合わない重責を背負うことに違和感を感じてしまえば、そこからは上がれない。本人たちはどう思っている変わらないが、本部長や役員に上り詰めた人たちからはやはり強い『野心』を感じる。
出世は幸福につながるのか
これは何をもって幸福とするかという個人の価値観、得られる幸福と背負う責任のバランスを本人がどう思うか次第だろう。
責任が増えるだけでなく、出世のために失うものも少なからずある。会社からの指示に従って単身赴任し、その結果出世したとしても、それと引き換えに家族と過ごす時間が失われる。トラブル対応が深夜に及ぶこともあるだろし、過度のプレッシャーで心身の健康を損なうこともある。出世により失うものより得られるものが大きい場合に限り、出世が幸福につながるのだ。
出世を仕事の主目的でないのであれば、過度の出世は幸福感を損なうことになりかねない。各々の環境、状況で幸福感を最大化しようとしても、役職に振り回されて自身でどうにもできないこともある。となれば、積極的に出世せずに「ほどほど」でも良いのかもしれない。
目の前の与えられた仕事を精一杯がんばって成果を出し、その成果が評価されれば出世して給与はあがる。ただ常に自分の中でバランスを意識して境界線を引いておく。それが「ほどほど」のラインであり、このラインを越えそうになればブレーキをかけるようにする。ブレーキを吹くことが難しければ、少なくともアクセルからは足を離そう。そうすれば「野心」を持った人が先に出世していき、「ほどほど」ラインの内側にとどまることが出来る。
私自身は出向によって出世から遠ざかっている身ではあるが、さて自社にとどまって出世できたとしたら幸せだったのだろうか、と考えてみたところ、少なくとも現状でもそんなに悪くはない、ということに気づいた次第だ。
ただこれから先の幸せが保証されているわけではないので、出世するかどうかは別にしても、やはり日々を精一杯頑張ることには変わりはないのだけれど。