テニススクールで名前を呼ばれる
私は毎週テニススクールに通っているのだが、コーチやフロントスタッフはすごいな、と思うことがある。それはレッスン生をちゃんと名前で呼ぶ、ということだ。レギュラークラスであればまだわかる。コーチは自分の受け持っているクラスの生徒が固定で毎週決まった時間に顔を合わせるので、顔と名前を一致させることはそんなに難しいことではない。とはいいながら、1週間に10以上のクラスを受け持っていれば生徒は100名以上になるので、100人の顔と名前を覚えるのは自分にはできない芸当だ。
他のクラスに振り替えをした際も、ほとんどのコーチから名前で呼んでもらえる。レッスン中、次々に打ち合う相手が変わっても「次、〇〇さんお願いします」と瞬時に名前が出てくる。受付のスタッフも同様だ。「〇〇さん、おはようございます!」。毎日数百人が次々とスクールに来ては帰っていく。どうやったらそれだけの生徒の顔と名前を一致させることが出来るのだろうか。以前は生徒はレッスン前に名札をつける決まりだったが、コロナ禍で接触機会を減らす意味もあってそれは廃止された。そのため生徒同士であってもクラスのメンバ交代があると新メンバの名前を覚えるのが難しくなった。また、名前は憶えていてもとっさに口に出ない、ということもしばしばある。ますますコーチ、スタッフに感心する。
入会の時に顔写真を撮った記憶があるので、スクール側はそれで生徒の写真やプロフィールを登録し管理していることは想像はできる。各生徒の家族構成やプレースタイル、その他の情報をコーチの間で共有しておけば、生徒がレッスンを振り替えても一定のサービスを維持するために有効だ。でもそういったデータベースを使ってその日に来る予定の生徒の顔と名前を予習できたとしても、記憶を定着させなければあった瞬間に名前を呼んで挨拶をする、なんてことはできない。
歯科医に名前を呼ばれる
数年前の話になるが、テニススクールのメンバとの飲み会があった。コーチやレギュラーだけでなく、その友人なども加えて総勢20名近くだったが、その中に気になる生徒がいた。私より一回りは上の男性で、当時40代後半だっただろうか。彼は飲み会の参加者に話しかける際、かならず相手の名前を呼んでいた。それどころか居酒屋の店員に注文する際も「〇〇さん、ビール追加で!」と名前を呼ぶのだ。店員には名札がついていたのだが、離れたところにいる店員も名前で呼んでいたので、名前を憶えていたということだ。私は名札がついていたことにすら気づかなかった。
後で知ったのだが、その彼は歯科医だった。医者なのでもともと頭が良く、記憶力も優れているのかもしれない。でも私と彼の大きな違いは「名前を覚えよう」という気持ちだろう。周りの人に対する興味、といってもいい。歯医者という職業柄、患者一人一人に対して興味を持って接する習慣が身についているのだろうか。
私は、初対面の人に対して「お名前は?」と聞くこともあまりない。聞かなくても、名乗られたり名刺交換したり、会議資料などに書いてあったりすることがほとんどだし、仕事をする上で積極的に直接名前を聞かなくて困ることはあまりない。もちろんお店の店員など、その日限りでもう2度と会うとはない人に対してはその人自身に興味はなく、名前を知る必要性も感じない。
名前を覚えられないのではなく、覚えようとしていない
最近、ますます人の名前を覚えられなくなった。特に職場では対面の会議がほとんどなくなり、また飲み会のようなイベントもない。リモート会議ではカメラオフが基本なのでディスプレイに表示されるのは相手の名前だけだ。一緒に仕事をしている人の名前はいったんは覚える。会議でその人の名前を呼ぶこともあるし、メールでも名前を書くからだ。でも、ほとんどの人の顔はわからない。そのせいか、プロジェクトが終わって仕事相手が変わるとすぐに、前の仕事相手の名前は忘れてしまう。
同じ部署で毎日顔を合わせていても、実はそのほとんどの人の名前を憶えていない。顔と名前が間違いなく一致するのは部長やグループ長といった役職者と、自分のグループメンバくらいだ。後ろの席に座っている人ですら、会話する機会がないので名前は知らない。私は出向者であるから、今の職場に対して帰属意識も低い。一体感を意識することもない。困ることがほとんどないから、努力して名前を覚えようともしていない。
でも先々を考えると、この習慣は改善する必要があることもわかっている。
周りの人に興味を持つことから始めよう
名前とは生まれた時に誰しもが授かる、唯一無二のものだ。アイデンティティであり、存在を証明するものでもある。人の前を呼ぶということは「私はあなたを一人の人間として認めている」と相手に伝えることになる。人に認められることで自尊心が満たされる。そして自尊心を満たしてくれる相手を大切に思い、相手への興味も湧く。自然と名前を覚え、名前を呼ぶようになる。相手を名前で呼ぶことで、相手からも名前で呼んでもらうことに繋がり、お互いに相手を大切に思い、人間関係が深まることに繋がる。
「後ろの席の人」ではなく「山田さん(仮名)」、「お店の人」ではなく「佐藤さん(仮名)」、「隣の家の人」ではなく「池田さん(仮名)」なのだ。
まずは人の名前に興味を持つことから始めよう。「ちょっといいですか」ではなく、相手の名前を確認してから名前で声掛けをする。その人のことを話すときは、悪い話でなければ積極的に名前を口に出す。相手の名前を大切にし一人の人間として認めることで、私も相手に認めてもらえるのだ。まだまだ人生は長い。些細なことかもしれないが、私が成長できる機会でもある。
あわよくば、あの歯科医の男性のように自然に相手の名前を呼べる人になりたい。