仕事で「鈍感」を強みにする方法

ビジネススキルをマネジメント
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以前同じグループで働いていた他社からの出向者と久しぶりに再会した。6月から新たに出向される方との顔合わせを兼ねた飲み会があり、出向先でうまくやるコツや注意すべき点などを共有しつつも、思い出話に花が咲いた。

出向に限らず、新しい職場環境では分からない事が沢山ある。自部署だけでなく他部署や他社との関係性もキーマンも分からない。また事務手続きのお作法やワークフローの使い方は、基本的な内容は着任者研修で教えてもらえたとしても、実際に使おうとすると細かいところはマニュアルには書いていなかったりする。自分で調べる方法すら分からないこともあるので、そうなると都度周りに聞くしかない。ただみんなとても忙しく働いているので、質問して仕事を中断させてしまうのも悪い気する。上司や指導担当が出向先のプロパー社員だと「分からないことは何でも聞いて」と言われても、どうしても遠慮がちになる。

そんな時に、気軽に質問できる知り合い(同じ会社からの出向者)がいれば心強い。分からない事をすぐに確認できるし、案件の進め方や資料の作り方・勘所も教えてもらえる。次に何をすればよいか分かれば、やるべき作業に注力すればいい。相談しながら進めれば、大きな失敗は避けられる。そうして仕事がうまく回り始めたら、そこで得た知識・経験をもとに自ら仕事を回せるようになっていく。

「分からない」を解決する手段を如何に確立するかが、出向者の最初のハードルだ。

誰にも聞かずに一人で突き進む人

出向当初の私の印象は「誰にも聞かずに一人で突き進んでいく人」だったと飲み会で聞いて少し驚いた。普段は温厚な他グループの重鎮からクレームもあったらしいのだが、私の耳には入らなかったのか、気付かなかったのか、または忘れただけなのかもしれないが、少なくとも今は記憶にない。

大規模な更改案件のPMとして一人放り込まれ、同じ出向元の仲間も身近にいない。誰も正解を知らない状態でプロジェクトを回していくことを求められた私は、とにかく毎日必死にもがいていた。身近に見本にできる人やサンプルとなる案件がなかったことから、やみくもに一人で突き進んでいるように見えたのかもしれない。だが実際は誰にも聞かなかったどころか、少しのツテを頼りに多方面に質問しまくる日々だった。

自分の中に答えがなければ聞かなければどうしようもない。待っていたら誰かが答えを教えてくれるなんてこともない。前に進むには自ら情報を集めなければならない。自分がやるべき範囲はどこまでか、周りや他グループに頼ってよい部分との境界線もわからず、手探りでプロジェクトを進めるしかなかった。質問先を間違って相手を混乱させることもあったし、レビューで誤った答えをして後から訂正することも多かった。

それでも、収集した情報を資料に落とし込み、レビューを重ね、関係各所に説明し、プロジェクトを着実に進めていったことで、いつしか私は信頼を得ることが出来た。そして平行して複数案件のPMにアサインされることもあったり、出向して最初の2年間は目の回るような忙しさだったが、その時期を乗り越えたことが今の自信に繋がっている。

自ら地雷を踏みに行く人

もう20年近くも前になるが、社会人になって最初の5年間は開発チームのリーダーをしていた。当時は開発標準のようなシステム開発のお作法が整っておらず、バグが残ったままリリースしてしまうことも多かったため、本番環境でのエラーが多発したり不具合の問い合わせ対応に明け暮れる日々だった。当時のIT業界は今より数段ブラックで、終電帰りや夜中の障害連絡は日常茶飯事だった。

チームのメンバやデータセンタから悪い報告が入れば、それは上司に報告しなければいけない。悪いことこそ早く報告するのは今も昔も大原則だ。そして私が報告に行くと、たいていは上司から怒られた。怒られた理由など細かいところはもう忘れたが、上司の横で1~2時間立たされていることもあった。今らな立派なパワハラだが、当時はそういったことがまかり通る世の中だった。

その姿を見ていた先輩や同期からは、私は「分かりやすく地雷を自ら踏みに行く人」だと評されていた。タイミングや言い方など、皆が「今ではない」「それを言ってはいけない」と思うようなことを私がやっていたらしい。当然、私にはその自覚はなかったし、思い当たる節もない。一つ言えるのは、その時もただ必死に、何とかしないといけない、と考えていた。

また、その時の上司と数年後の飲み会で会ったときに「お前は言うことを聞かない自分勝手な奴だった」と言われたこともある。これまた自覚はない。それでもその時、長引く出向で先が見えなくなっていた私を引き抜こうとしてくれたので、一定の評価はしてもらえていたようだ。

「積極性」と「責任感」が剣、「鈍感力」は盾

あらためて過去の自分を振り返って客観視してみたところ「とても扱いにくそうな奴」だといのが正直な感想だ。ここであえて「強み」が何かを語るほど、自分がエンジニアとして成功しているかも良く分からない。10年間出向し続けて出世が止まり、表舞台に出られずにくすぶっている、とみることもできる。ただそれでも、頭打ちになるまでは毎年昇給してきたし、出向先からは出向を続けてほしいと言われていることから、それぞれの職場で一定以上の評価は貰えていたのは間違いない。

ではあらためて私の強みとはなんなのか。今のところ、以下3点だと思っている。

・物おじせずに自ら前のめりにことを勧めようとする「積極性」
・困難な状況から逃げようとしない「責任感」
・周りにとやかく言われても気づかない「鈍感力」

「積極性」と「責任感」は、一人前の社会人であれば誰もが持っていて当然だ。だがここに「鈍感力」が加わることで、周りに影響されてブレーキを踏まざるを得ない、という状況が減って推進力が増すのだ。そして何より重要なのは、私自身は自分が「鈍感」だとは思っていない、ということだ。ただ結果や過去の評価が、私は非常に「鈍感」であることを物語っている。

「鈍感力」はそれ自体は武器にはならない。だが安心して剣をふるい続けるための鎧であり盾だ。そして「鈍感」なだけでは評価はされない。「積極性」と「責任感」をもって仕事に当たるからこそ「鈍感力」が生きてくる。「鈍感」とは言い換えれば「気にしすぎない」ということだ。自分が目の前のことに必死に取り組んでいると、周りがいろいろと口を出してくることはある。もちろん貴重なアドバイスや、良かれと思ってのことの場合もある。それでも、気にしすぎて周りの意見に振り回されては前に進めない。自分の裁量の範囲であれば、自分の決断を信じてとにかく前にすすむことが大事だ。悩んで迷って立ち止まっている時間なんてないのだ。

鈍感力で身を守っている、という表現は我ながらとても腹落ちした。実際、私もこの「鈍感力」のおかげで何度も救われてきたのだ。今また、いろいろな意見や考え方に惑わされることは多いのだけど、このもって生まれてた「鈍感力」で身を守りながら、社会人21年目も頑張っていこうかな、と思った次第。

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