テニススクールで私のレギュラークラスのすぐあとに小学校低学年を対象にしたレッスンがある。私の子供たちもテニスを始めたころはそのクラスで練習していた。気づけばもう10年も前のことだ。
先日、私がレッスンを終えると男の子が涙目になってコートの入り口に立っていた。隣にいたその子の母親は乳幼児を抱えながら、その男の子に対して
「なんで着替えただけで泣いてんの、嫌なら帰ろうか?」
と、イライラした様子できつい言葉を発していた。
その親子の間に何があったのか、果たして男の子に非があったのかは分からない。だが少なくとも母親にとっては気に入らないことがあり、何かの原因で強いストレスを抱えていたのだろう。男の子に向けられた怒りやイライラした感情はすれ違いざまでも伝わってきた。
息子がテニスを始めたころを思い出す
私の息子も10年前、小学校に入る前から幼児クラスでテニスを習い始めた。私の血を引いてか息子の運動神経が決して良い方ではなく、特別なテニスのセンスがあるわけでもなかったのだが、学校以外で毎週体を動かす習慣、コミュニケーションをとる機会は子供の成長にとってプラスだろうと考えた。また何かを学ぶことのデメリットは特にないし、いずれ家族でテニスを楽しめる日が来ればよいな、とも思っていた。
息子は特に嫌がる様子もなく、毎週テニスに通うようになった。習い始めは細かい技術やテニスのルールを説明しても十部に理解するのは難しいので、軽く投げたボールがラケットに当たれば十分だ。テニスというよりボールとラケットを使った遊びのようなものだ。その中でボールとの距離感やスイング、基本的な動作を学んでいき、小学校に入るとレベル分けされたジュニアクラスに替わった。息子は上達が早いわけではなかったが着実にクラスのレベルを上がっていき、中学生になった今もスクールに通ってテニスを続けている。
たまにレッスンを見に行くとそれなりにちゃんとしたテニスをやってる。中学で運動部には入っていないので週一回体を動かす貴重な機会になっており、あのときテニスを始めておいてよかったと思う。娘も息子に続いてテニスを始めたので、年数回だが家族でテニスをする夢もかなった。
10年前の自省録
だが私は10年前のことを今でもとても反省している。先日のレッスン後に見た母親と同じようなことを私も息子に対してやっていたのだ。
レッスン中、コート内での息子の一挙一動に不満感を抱き、ストレスを感じていた。そしてそのストレスを息子にぶつけていた。息子はゆっくりとボールを拾っているし、説明中もぼーっとしているように見えた。少し工夫して気をつければもっとうまくなれるのにそれをしない。少しずつイライラが募り、思わずコートの外から息子に怒鳴ってしまったり、やる気がないならやめようか?と練習後に叱ったこともあった。
レッスンは時間に限りがあるので、効率よく練習できるかどうかで上達のスピードに差が出る。それには急いでボールを拾う必要があるし、テキパキと移動するほうが良い。またコーチの説明はただ聞くだけでなく、素振りなど動きを確認しておけばより理解が深まる。疑問点や要望があればコーチに伝えてアドバイスをもらった方が良いし、サーブ練習では空いている列に並べばそれだけ沢山のボールが打てる。レッスンに対する目的意識が重要であり、私は自分のレッスンでは常にそういったことを意識している。出来だけ効率的・効果的な練習をしたいと思っている。安くはないお金を払っているのだから、できるだけコスパが高くなければもったいない。
そして私は同様の意識と行動を、僅か5歳の息子にも求めてた。楽しさを求めてスクールに通う息子に対し、私の勝手な期待や価値観を押し付けていた。息子にとってはコスパなんてどうでもよく、理解できないだろうし理解する必要だってなかった。お金を払って通う以上は最低限の目的意識ややる気は必要だがレッスンは義務ではない。親としては、本人なりのモチベーションややる気、毎週通う意思を引き出せるようにフォローすることが大切で、親の価値観を押し付けるべきではない。思い通りにならないからといってストレスのはけ口にするのは論外だった。
何に対してイライラしていたのか
息子がテニスを始めた頃、娘が生まれたあたりから私と嫁の関係性も悪くなっていた。習い事やいろいろなことで口論することが増えて、家庭内の雰囲気がピリピリとしていた。二人目が生まれたあと復職した嫁は仕事と育児、家庭の両立に疲れてイライラしていたのだと思う。子供が小さかった頃は急な熱や嘔吐で保育園から急に連絡が入ることもあるし、朝晩の送迎もドタバタと慌ただしく、いつも時間に追われているようだった。そしてそのイライラの矛先は私だけでなく息子にも向かい、私と同様にテニススクールでの息子の振る舞いに対する叱責も度々あった。
さらに娘も成長し、子供たちはの習い事はスイミングスクールやピアノ、塾と増えていった。それにともなって私も嫁もますます送迎や練習のフォローなどが忙しくなり、仕事で思い通りにいかないこともあって家庭内のストレスに拍車がかかっていた。なにかの拍子に嫁の怒りが爆発し、私が応戦するので夜中に大声で言い争いになることもあった。その時私は嫁がイライラしていることが家庭内不和の原因だと考えていたが、テニススクールでの母子を見た時、あの頃は私自身もなにかにイライラしていたのだと気付いた。
家族が増えたことで考えるべき事・やるべき事が増えたために、自分の自由にできる時間が減ったことが一因だったのかもしれない。親としての責任が増していくことへのストレスもあっただろう。当時は東京転勤の可能性もあり、それらを自分ひとりで処理しようとして、嫁と十分なコミュニケーションは取れていなかった。嫁からすれば、息子を叱責する私を見て私が怒っていると思ったことだろう。そして嫁自身もいっぱいいっぱいなので、機嫌が悪い夫を気を遣うような余裕もない。逆に私の機嫌の悪さによって嫁も機嫌が悪くなり、家庭内不和の悪循環が続いていく。
当時の家庭内の雰囲気の悪化は、私も含めてお互いに余裕、ゆとりを失っていたことが原因だったのかもしれない。
子育て世代へのアドバイス
中三、小五の子供を持つ私はまだ子育て世代ど真ん中にいて、娘の中学受験、息子の大学受験といった重要イベントはこれからだ。だが最近は私も嫁も心にゆとりを持てるようになってきた。いまだに学校から急な連絡が来たりイベント前に息子がコロナやインフルに罹ることもある。だが今は在宅勤務という選択肢もあるし、この10年で私も嫁もいろいろと経験を積んでおり、以前に比べれば余裕をもって対処できるようになった。
なにより意識的に嫁とコミュニケーションをとるようにし、情報共有や相談をはかることで、家庭の運営に対する孤独感・孤立感が減ったように思う。勝手に決めてそれを家族に押し付けるようなことはせず、子供も含めて皆で相談して判断する。そうすれば決定・判断に対する責任も共有できて、プレッシャーが軽減するのでストレスもずっと軽くなる。家族は家族全員が運営するものだ。
また、子供や嫁に対して過度に期待しすぎないことも大事だろう。家事・育児の目標は共有しつつ、出来る範囲でやればいい。料理・洗濯・掃除は嫁だけの仕事ではない。家族各々が出来る範囲で個々の責任を果たすだけだ。やり方が分からなければ聞けばよいし、聞かれたら教えればいい。習い事も家事も初めはできないのが当たり前だし、教わってすぐに出来るようになるわけでもない。嫁も私も異なる人生を歩んでおり、持っている経験値も知識・技術も違う。私ができる事で嫁が出来ない事もあれば、その逆もたくさんある。違いがあるのは当然で、それを認めて良い意味で諦めることがストレスの軽減につながるし、そこから余裕も生まれるのだ。
とはいえ、私のこの10年間の経験を今まさに子育てに悩みストレスを抱えている若い親世代にアドバイスしようとしても、正しく伝えることは難しい。いまやAIやGoogleで少し調べれば子育てや家庭の悩みの解決策はいくらでも調べることが出来る。だがそれらを理解し、受け入れるだけの余裕がないから悩みの根本解決ができず、ストレスもなくならない。
結局は時間が解決してくれるのだ。というより、時間の経過によって子供たちが成長し、そして親自身も成長することで、ストレスの要因が減っていく。だが一つだけアドバイスをするなら、判断の基準を常に意識することだ。子育て世代であれば、子供の幸せを願いたい。この行動は子供の幸せに繋がっているのかを考えたい。
イライラするのは仕方がない。それでも子供の幸せを願い、日々を精一杯に生きる事。そうして10年を過ごしていけば、きっと幸せな10年後が訪れる。
この10年間を精一杯頑張ってきたからこそ、今幸せな家庭生活が送れているのだ。