東京転勤と幸せ

人生をマネジメント
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10年ほど前、勤め先に東京シフトの嵐が吹き荒れた。私の勤め先には東京本社、大阪本社と二つの拠点があるが、当時はビルの4フロアが埋まるほどに大阪本社で大勢が働いていた。しかしIT技術者を1拠点に集約したいという会社側の意向によって、多くの部署で東京への異動を命じられた。始めは転勤を拒否していた人たちも、部長や役員に諭されて(脅されて)転勤を受け入れていった。費用面ではかなり良い援助が受けられる、という話だったと記憶している。家族で東京に引っ越しした人、単身赴任になった人もいた。また、強引なやり方に嫌気がさして会社を去った人もいた。

私はその嵐に巻き込まれることはなかった。私の部署はその嵐の3か月前に解体され、私は運用子会社に出向していたからだ。10年前であれば子供は小学校入学前だ。嫁の実家は大阪だが、私の両親は愛知県にいるので、私自身は大阪に特別の思い入れはなかった。そのため東京への異動を命じられれば、家族と一緒に引越ししていた可能性が高い。もしあの時東京に行っていたらどうなっただろうか。

出向と出世

結果論ではあるが、子会社出向によって私の出世の芽はほぼ潰えてしまった。今、私の同期の多くが部長や次長といった役職に就いている。役職者になるには自社でいくつかの要件を満たし、ランクアップしなければならない。例えば「仕事で成果を残し評価される」「チームをマネジメントし部下を育成する」といったことだ。建前上は出向していてもランクアップの要件を満たすことは可能、ということになっている。しかし出向先で役職に就いて成果を残しても、チームマネジメントや部下育成をしても、それが自社への貢献として評価されてはいなかった。また私自身、出向中でのランクアップにむけて積極的なアピールはしてこなかったのも悪かった。ランクアップはしなくても毎年昇給していたので、成果に対して一定の評価はされていた。しかし昨年、今のランクの上限に達したため今後は昇給はない、との説明があった。そこで現実に気付いた。

多くの同期は、自社で様々な案件で成果を残し、部下をマネジメントし、組織を運営するノウハウを身に着けてきた。そしてその成長を自社の上司に評価され、一定の評価を得られればランクアップしていく。ランクアップすれば、自社では管理職として認められるので、その先には「次長」や「部長」の可能性が開かれる。

私が出向していなかった場合に、彼らと同様の評価を得られたかどうかはわからない。走っているレールが違うため、比較すらできない。彼らが私と同じ立場であった場合に、出向先で私と同等以上の成果が残せたかどうかもわからない。ただ目の前にあるのは、私は現ランクにとどまって昇給が止まってしまい、同期たちはランクアップして役職にもついている、という現実だけだ。

出世により得られること、失うこと

ここでもう一つ思うことがある。確かに昇給しないことはモチベーションの維持に大きくに関わる。しかし嫁と共働き、ということもあり、今の給料でも一家四人で十分に暮らしていける。これから先が保証されるわけではないが、一定の成果を残し続ければ大きく減給されることはないだろう。人材不足のご時世、期待する成果を残せる社員はどこも手放すことはない。しかもランク内なのでお手頃だ。そういった状況であれば、今のランクにとどまっていても特に不自由はないのだ。

すべて「たられば」なのだが、役職者になれば当然責任も増すし、会社からは大きな成果を求められるようになる。アサインされる仕事の難易度、リスクも高くなる。プレッシャーも大きくなるし、仕事量も増えるだろう。トラブルがあれば夜間や休日の対応を求められることもある。そうなれば、家庭生活に影響が出てくる。役職に見合うように給料もやりがいも増えたとしても、間違いなく今よりはワークライフバランスをとることが難しくなる。果たしてそういった状況は、現状と比較して幸せなのだろうか。

評価と感謝と成長

仕事の目的は給料をもらうことだ。しかし仕事を通じて「評価」されることも、自己肯定感を得るためにとても重要だ。給与・賞与といった評価は分かりやすいが、それだけではない。残した成果が誰かの役に立って、その結果「感謝」されることに喜びを感じる。また常に成長したい。出来なかったことが出来るようになる、知らなかったことを知る、こういった自己の成長を感じられたら、モチベーションが上がる。役職も評価の一環であり、評価されて役職に任じられればうれしいが、そこがゴールではない。出世を目的に仕事をしているわけではない。役職に就くことで自分の責任範囲・影響範囲が増えて、そこでさらにたくさんの「感謝」を得ることが出来るので、その過程として出世があるだけだ。

そして会社からだけではなく、家族からも「評価」され「感謝」されたい。お金を稼いで家族を養っていれば良い、というわけではない。家族の一員である夫として、父親として子供の成長に関わることで本当の「評価」と「感謝」が得られると思っている。また、そういった生活の中で、嫁と会話や子育てをする中で人として「成長」できる。まさにワークライフバランスだ。仕事のために家庭を犠牲にはしたくない。家庭に偏りすぎて仕事で自己実現ができないのも困るが、出世して給料が増えればそれでチャラ、なんてことにはならない。今以上に給料が増えたところで基本的な生活は何も変わらず、満足度が高まるわけではない。

東京、来るか?

先日、自社のある方から「うちのチームに来ない?東京だけど」というお誘いがあった。出向先である意味くすぶっている私を気にかけてくれたことは大変ありがたい。しかしやんわりとお断りした。

家族で東京移住しても、単身赴任しても、今の生活が大きく変わってしまう。東京転勤した先に大きな可能性と、さらなる幸せが待っている可能性もゼロではないが、リスクが大きすぎる。東京転勤すれば強制的に環境は変わり、一定の評価も得られるだろう。しかし単身赴任であったとしても家族に負担をかけるし、そこで失う家族関係、共に暮らし成長することで得られるはずの機会損失は計り知れない。

また東京転勤で出世できたとして、それは本当に私が求めていることなのだろうか。周りが出世し取り残されている感はあり、そこに焦りも感じるのは事実だ。だがよく考えなければいけない。出世できない事に焦っているのではなく、これから先に「評価」「感謝」「成長」を実感し続けることができるか分からないから不安なのだ。この不安はきっと、東京転勤や出世したところで解決することはないだろう。一時的な安心は得られるとしても、恒久的に保証されるものではない。それならば外部要因に過度に期待せず、今の状況で最善を尽くすべきではないだろうか。

もうずっと大阪でもいいかもしれない

これから先、また新たな風が吹くような予感がある。私の自社は在宅勤務率が8割以上だ。皆がリモートで働いており、出社は必要最低限、週1日~2日で十分だ。コロナ禍が収まっても、出社比率を上げるような動きは今のところない。この状況が続くのならば、大阪で勤務していても東京の部署に所属することも可能になるかもしれない。人材不足の中で従業員満足度を高め、また社外の転職希望者を惹きつけるためにも、勤務地縛りの緩和・撤廃の可能性は十分にある。

そうなると、出向先から自社に戻って東京の母体があるチームに異動し、大阪からリモートで働く、という選択肢が現実味を帯びていくる。出向後の東京シフトの嵐を離れたところで眺めていた10年間、ずっと心のなかでモヤモヤが晴れることはなかった。もしデメリットがなく勤務地保証がされるのならば、東京転勤を条件にした異動に不安を覚えることもなくなるし、今以上に仕事に集中できるようになる。そういった未来はきっと確実に近づいている。

あの時東京に行っていたらどうなっただろうか。10年前の「たられば」に頭を悩ませても何も意味がない。労働条件・環境のさらなる改善を期待しつつ「大阪でいい、ここでベストを尽くすべき」と開き直って新年度を迎えたい。

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