
先日会社で育児経験者・非経験者の情報共有会なるものに参加した。
思い返してみれば子育てが一番キツかったのは10年程前、娘が生まれて長男とともに保育園に通っていた頃だろうか。特に息子はグルテンアレルギーの反応が強く、うどんやパンを食べると嘔吐することもあったので保育園でも家庭でも小麦の除去をするなど食事に気が抜けなかった。また娘も小さいころは突然の発熱・体調不良で保育園から呼び出されることが多く、私や嫁が仕事に都合をつけてお迎えに行くことも少なくなかった。
不測の事態に振り回され、育児も仕事も思うようにいかない。私も嫁もストレスを抱え、家庭内がギスギスしていた。育児だけでなく嫁との関係性にも疲れを感じていた。
リビングに飾ってある長男の七五三の家族写真の中で、約10年前の私が家族に囲まれて笑っている。だが目の下のクマと、少しやつれ気味の顔が当時の心身の疲労と苦労を物語っている。
育児でなにが大変だったか?
とはいえ、では具体的に育児の何が大変だったか?と思い返すと、それは決して育児そのものではない。
情報共有会において、これから出産や育休取得を経験するであろう20代から30代の若手・中堅社員からアドバイスを求められたので、その答えを探すべく10年前を思い返してみた。だがそもそも私が結婚したのは20年近く前で、長男が生まれたのも15年以上前であり、今とは労働環境・育児環境とも大きく異なる。
当時のIT業界はブラックの代名詞であり、その労働環境は新3K(きつい、厳しい(帰れない)、給料安い)などと言われ社会問題にもなっていた頃だった。
私の会社も「育休」という制度はあったものの、今のようにとって当然というものではなく、数日休むだけでも根回し・調整が必要だった。実際のところ、息子が生まれてから数日間は残業を切り上げて面会のために病院に通い、退院の日に有給休暇を取得した程度であり「育休」を取得した記憶はない。当時はそれが当たり前であり、特に疑問に思うことも不便を感じることもなかった。
嫁が産休中、平日日中の息子の世話は嫁にまかせっきりで、私にとっての育児は「帰宅後に息子をお風呂に入れる」「食器の片づけや洗濯」「夜泣きをする息子をあやして寝かしつける」といった程度だった。嫁が仕事に復帰してからは「保育園への送り迎え」や「食事の準備や掃除」などの家事も嫁と分担していたものの、家事・育児ともに嫁が主体的に担ってくれていた。
私は学生の頃は一人暮らしをしていたので掃除・洗濯・料理は一通りこなすことができたが私の家事は嫁の望むレベルにはまったく達しておらず、むしろ嫁の手を煩わせて余計に嫁をイライラさせてしまうことも多かった。そしてそのストレスに伴う嫁の行動、私への発言が私のストレスにもなり、その結果が家庭内が雰囲気を悪化させていた。
だからといって家事を一切嫁に任してしまうと進歩も変化も改善しないので、私自身少しでも家事・育児のレベルを高められるよう、私自身は嫁のストレスに耐えて学び、努力をしていたつもりだ。そういった悪戦苦闘の疲れが七五三の写真に表れているのだろう。
何もしなかったに等しい
だが嫁に「育児の情報共有会というものがあったけど、育休も取ってないし実際になにをしたかあまり覚えていない」と話をしたところ、『何もしてないじゃん』と一刀両断されてしまった。
できる限りはやったし努力も苦労もしたので、「何もしていない」はないだろう、と言いたい気持ちにもなるのだがそれはぐっとこらえて飲み込んだ。嫁が担った育児全体の苦労から見れば、私の育児は「何もしなかった」に等しいということだ。悲しいし残念な気持ちもあるがそれが嫁にとっての私の評価であり、評価される側が異を唱えても仕方がない。嫁の評価基準に比べれば質・量が合格点に足りなかったのだろう。苦労したからその分評価されるべきというものでもない。
積極的に育児に携わることの重要性
とはいえ、私にとっての育児は自分が父親になるために欠かすことのできないプロセスであり、育児・家事のスキルアップができたことだけでなく、嫁への感謝や子供たちへに愛情を再認識することのできる貴重な期間だった。十分であったかどうかはさておき、自分なりに積極的に育児に関わってきたことで父親としてだけでなく、社会人・一人の人間としても成長できた。仕事も家事も一人でできることは限りがあり、協力して補い支えあうことで持続可能かつより高度な仕事・家事ができることを身をもって経験できた。
何事にも時間をかければよい結果が得られるというわけでもないし、苦労すれば報われるわけでもない。育児と仕事を両立するためには優先順位付けや根回し、調整、心遣いも必要であり、それは会社間だけでなく家庭内も同じことだ。そういった価値観や判断力を身に着けるうえでも育児に携わることはとても重要であり、そこで得られるものは人生にとっても貴重だろう。
それは育休をどれだけ取得すれば十分か、という話ではない。育休を取らなくてもできることはあるし、育休を取るだけでできることが増える、というわけでもない。誰しも限られた時間のなかで、仕事も育児も最大限の価値を生み出すにはどう考え、行動すべきか。自身にとっての優先順位を明確に定め、ワークライフバランスの中心点を定めるためには、積極的に育児に携わろうとする姿勢、そして行動が何よりも重要なのだ。
これから育児に携わる人へ
子供が大きくなってから後悔しても、育児・子育ての時間は元には戻らない。
だからこそ、何ができるかをしっかりと考えてほしい。育児期間は育児に対して主体性をもって取り組んでほしい。人生における優先順位をまずは決めてほしい。
できることは人それぞれ。家事への経験値、夫婦間の価値観、仕事との関係性、住む場所、両親に頼れるかどうかなど、育児を取り巻く環境もまた人それぞれ。どこまでやれば十分なのか、という答えはないし正解もない。
でも主体性をもって優先順位を高くして育児に取り組めば、できることは少しずつ増えていく。父親、母親としての経験値も増えて、スキルもアップしていく。育児とは親として成長していくプロセスだ。だから最初から役割を限定したりあきらめたりせずにチャレンジしてほしい。
たとえ周りから「何もしなかった」と言われてしまってもチャレンジしたことは無駄にはならないし、それはきっとパートナーや子供にも伝わっている。
すぐに結果が出ないかもしれないがとにかく精一杯やってみよう。大事なのは主体性だ。