
私が学生のころはマクドナルドのハンバーガーが1個65円の時代で、スーパーで牛乳が2本300円で購入できた。就職してからもずっとデフレが続いていて、そのせいか買い物は安ければ安いだけ良い、という感覚が染みついている。毎月給料をもらうようになっても思い切った買い物はせず、数百円・数十円ですら惜しむ生活をしていた。正しいお金の使い方・品質の良し悪しも分からなかったので、例えばスーツを買う時でも「同じスーツなら安いほうが良い」という判断をしていた。
慣れない額の買い物はビビる
あるとき、1泊旅行に使える手ごろなバッグが必要になって百貨店のバッグ売り場を見に行った。軽くて一定の容量があればよく、デザインにはそこまでこだわりはなかった。とはいえ黒一色であったり明らかに安っぽい素材のものには惹かれなかったので、いろいろ物色したあとキャンバス生地に皮の装飾がついたトートバックを購入した。
正確な値段は覚えていないが2万円前後だっただろうか。今ならどうと言うことはないが、就職したてで学生に近い金銭感覚だった当時の私には2万円がかなりの高額で若干ビビっていた。そのため多少安っぽくても他の手ごろなバッグの方がよいのでは、と購入を決断するのにかなりの時間を要したが、最終的には購入することに決めた。
購入した後、そのバッグはmaster-pieceという大阪に本社があるブランドの商品であることを知った。
そのトートバッグはとても丈夫で、そして内外に適度な大きさのポケットがついて使いやすかった。容量も手ごろで、1泊旅行だけでなく日常的に使うことが出来た。週末、出かけるときにはそのバッグに財布や本などを入れて持ち歩いた。折り畳み傘や水筒だけでなく、運動用のシューズやノートパソコンも入るので、ドレスコードフリーになってからは仕事で使うこともあった。気づけば20年以上も使い続けている。
それだけ長く使い続けると、どうしても生地の汚れや色落ち、皮の部分の変色が目立ってくる。とはいえショルダーベルトが切れたりファスナーが壊れる、ということはなく、機能面ではなんら支障はない。ただ底の部分がボロボロで見栄えが悪くなってきたため、買い替えを考え始めてmaster-pieceのサイトで新商品を物色していたところ、古いバッグの修理をしていることを知った。
そこでとりあえずお店に持って行って修理の見積もりを依頼したところ、約1か月後に33,330円の修理費用の見積りの提示があり、また修理には2か月半かかるという。底の張替えだけでなくショルダーベルトを止める金具がすり減っていていつ壊れてもおかしくないため交換したほうが良いとのこと。他にも修理可能な箇所の提案があり、提案のまま修理をすれば3万円以上、この出費は想定以上だった。

また劣化が酷く修理・交換不可能な箇所も多々あり、修理を依頼しても新品になって帰ってくるわけではない。この額を支払うのなら、もう少し足せば5万円代の新品のバッグにも手が届く。実際、サイトで見いていた新しいバッグにも心惹かれるものがあった。とはいえ20年間愛用してきたバッグを捨てるのも惜しい。同じバッグはもう中古でも購入することはできないし、長年使い続けて強い思い入れもある。大変悩ましい。
そして散々迷った挙句、最終的には修理をお願いすることにした。優先順位の高い2か所のみに絞る選択肢もあったが、せっかくなので出来る範囲のすべてを修理してもらった。中途半端に妥協して後々後悔するのも嫌だ。本来はもっと短い期間で定期的にメンテナンスすべきだったが、ここで手をかけておけばこの先数年は使えるだろう。使い方に気をつければさらに10年以上持つかもしれない。そう思えば3万円は決して高くはない。
おかえり、相棒
そして4月半ば、見積もりを依頼してから3か月以上たってようやくバッグが返ってきた。

底の部分以外の見た目は変わらず、クリーニングをしたわけでもないので色落ちや汚れはそのままだ。そこには、新品を購入した時のようなウキウキした感覚はない。だが昔の同級生に再会したかのような懐かしさが込み上げてきた。バッグを修理に出している間は代わりがなくてとても不自由だった。使い慣れたバッグはしっくりとくるし、やっぱりこのバッグの使い心地は抜群だ。
いろいろと悩みまくった数か月だったが、返ってきたバッグを目の前にすると修理を決断して良かったと思う。そしてこれから先もこのバッグと一緒に過ごすことができると思うと、言葉にしがたく感慨深い。あわよくばこれからまた20年以上、このバッグを使い続けていきたいものだ。
そして改めて、20年前の自分に伝えたい。値段には理由があり、良いものは良いのだと。
追伸
数年後、別の機会に百貨店で見かけたショルダーバッグをとても気に入ったので購入した。そしてその時初めて、トートバッグとショルダーバッグがともにmaster-pieceの商品であることを知った。

それまではバッグのブランド、メーカーには全く興味がなかったのだが、このブランドは私の趣味に合っていたということだろう。さらに5年ほど前、自転車通勤用にメッセンジャーバッグも購入し、また息子の15歳の誕生日にはmaster-pieceの財布を贈った。

それも20年前のあの日から始まり、master-pieceは今やすっかりお気に入りのブランドになった。デザインだけでなく品質はお墨付きで、長持ちすることは身をもって知っているので、他のバッグもメンテナンスしながら大事に使い続けていこうと思う。10年、20年、この先もずっと。