論破しても良い事はなにもない。分かっていると思っていたが、根本的なところでは分かっていなかったという話。自戒の念も込めて。
自己主張し、説得することは難しい
中学生の息子は、すでに身長こそ母親を追い越しているが内面はまだまだ幼い。特に男子は女子に比べて精神面での成長が遅く、コミュニケーション能力についても多様性・汎用性に欠ける面が多々ある。
成長するにつれて少しずつ自意識は高くなり、また自己顕示欲や承認欲求なども具体的に表に出始める。だが伝える力や客観的な視野が十分ではないため、実現したい事・欲求が相手に伝わらず理解を得ることができない。そしてそういった状況がストレスとなり、思春期ならではの精神面の不安定さも相まってしばしば感情的な発言・行動に至ることもある。
相手に物事を伝え、それだけでなく自分の望をかなえられるように行動してもらいたければ、相手の得を説かなければいけない。それが説得ということだ。そして説得というスキルをうまく使えば双方でWin-Winの関係を築くことができ、要求の実現だけでなく様々な欲求を満たすことにも繋がる。
そして説得のスキルは仕事だけでなく私生活でも役に立つ。だがそのスキルを自然に使えるようになるには知識だけでなく経験も必要だ。要求の内容は目的、依頼理由、そしてそれらの妥当性を論理的に順序だてて説明しなけれならない。相手の感情にも配慮しなければならない。
当然、中学生の息子には知識も経験も足りていない。私や嫁への説明やお願い事も、筋の通った納得のいく内容になっていないことが多い。我が子であるが故、いくつかキーワードを聞けば息子の言いたい事はおおよそ察しが付く。だがいつまでも聞く側が歩み寄って息子の欲求を叶えていては、家族以外に物事を伝え、自らの欲求を叶えるためのスキルは身につかない。そこでここ最近は、あえて察することをやめることにした。息子の発したキーワードをもとに先回りをするのではなく、かといって詰問するのでもなく、できるだけ息子から要求事項が文章として発せられるのを待つのだ。
そういった対応自体は間違ってはいないと思っている。だが辛抱強く息子の言葉を待つことはじれったく、こちらのストレスにもなることがある。そこで少しでも感情的になってしまえば、息子から言葉を引き出すことは出来ない。下手をすれば欲求・要望事項を伝えることをあきらめてしまうようになり、『要望を叶えてくれる気がない』のだ、親としての信を失いかねない。
これまでも息子や娘に対しては、感情的な小言にならないよう、子供たちのためになるよう、日々頭を悩ませながら接してきた。そして少しずつノウハウがたまってきて、対処方法が概ね分かってきたと思っていた。だが先日の息子とのやり取りの中で、私も親として人としてはまだまだ未熟だったということが分かった。
3,900円が必要なのはなぜか。
先日、息子の中学校のスキー合宿があったのだが、出発前日の夜になって息子が3,900円欲しいと言ってきた。お土産代や飲み物を購入する際に使うらしい。しかし最近はほとんどの買い物がキャッシュレスなので、私も嫁も千円札3枚と100円硬貨9枚の持ち合わせがなかった。3千円については息子の財布に残っていたお札で何とかなったが、100円硬貨は私と嫁の財布に残っている分を集めても600円しかない。
持ち物は前もって確認しておくよう息子に伝えていたのに、なぜ直前で言ってくるのか。相変わらず息子の段取りの悪さに少しイラっと来た。本当に900円が必要ならコンビニなどで1万円札を崩さなければならず、夕食後にそのために外出するのは億劫だ。
そもそも3,900円という端数の金額に違和感がある。なぜ端数なのか、4,000円で良いのではないか。もし学校側が持参するお金の金額を細かく指定するのであれば、その用途など内訳に納得のいく説明があるはずだ。だが息子は私の疑問に対する答えを持っておらず、ただ3,900円でないとダメだというばかりだ。そのため私は息子にスキー合宿のしおりを見せるように言った。
しおりには注意事項欄に『所持金の上限は4,000円まで』と、持ち物欄に『小銭入れ』と書いてあるだけで、どこにも3,900円とは書いてなかった。つまり3,900円という金額は学校側の指定ではない。であればなぜ息子は3,900円という金額を指定したのだろうか。スキー中にお札を持ち歩かないほうが良いということは感覚的に分かる。濡れる恐れがあるからだ。だがそれなら小銭入れに1,000円入れておいて、途中で自販機や売店で飲み物などを買って崩せばよいだけだ。
そう結論付けた私は息子に対して、3,900円ではなく4,000円で良いのだと伝えた。それならコンビニにお札を崩しに行く必要はない。スキー場に行く途中に小銭ができたら必要な分だけを小銭入れに移せば、スキー中もジャラジャと硬貨を持ち歩くかなくても良い。その結論は息子の意にはそぐわず、息子も反論を試みたのだが、説得のスキルも経験も不足している中学生が社会人20年戦士に叶うわけもない。自分の主張が通らないと分かった息子は、不機嫌そうに自室に籠ってしまい、しばらく出てこなかった。
論破してマウントを取りたかっただけ
嫁が仲裁に入って息子の言い分を聞いたところ、夏に参加した合宿では自販機でお札が使えず苦労したため、今回のスキー合宿では念のため硬貨を用意するよう、先生から指示があったらしい。しおりには記載がないことだった。それならそう反論してくれればよかった。だが息子自身も感情的になっていて、冷静に順序だてて説明することができなかった。また、何を言っても私に言い返されるので、めんどくさくなって私を説得することをあきらめた。その結果自分の主張・希望がかなえられない事態となり、モヤモヤとストレスを感じて自室に籠ってしまった、ということだった。
その話を聞いて、私は大いに反省した。息子のはっきりしない説明を聞くうちに感情的になってしまったのは私も同じだ。そしてその感情をコントロールできず、息子を論破しマウントを取る事でストレスを解消しようとしたのだ。なんとも大人げなく、恥ずかしいばかりだ。
仕事では常に、人をどう動かすかを考えている。論破されて敗北感を感じた人が積極的に協力してくれることはない。こちらの主張が正しいと思っても、それを一方的に押し付けてはいけないのだ。相手の言い分に耳を傾け、理解し、そのなかで譲歩し、些細なところは勝ちを譲る。最終的なこちらの要望・要求を通すことが目的であり、言い負かしてマウントを取る必要は一切ない。そういったビジネススキルの基本を、息子に対して怠ってしまった。
もともとたいしたことではなかったのだ。所詮はスキー合宿のお小遣いであり、金額も特に大きいわけじゃない。本当に900円が必要なら、息子にコンビニに崩しに行かせれば良いし、他の代替策について息子と共に考える事も教育だ。息子の更なる成長を期待するのなら、父であり大人である私から歩み寄ってしかるべきだった。「無理だ」「めんどくさい」と思わせた時点で私は負けている。
成長を喜び耳を傾ける
子供が成長するにつれて、親だから無条件に言うことを聞く、ということはなくなっていく。それはムキになったりストレスを感じることではなく、喜ぶべき事なのだ。時には先回りして、子供の主張を理解しようと努めても良いのだ。だって私は親なのだから。