ビッグモーターによる保険金の不正受給問題や、自民党の政治献金パーティーのキックバック問題など、2023年はコロナが終息と景気回復といった明るい話題と入れ違うように社会的にインパクトの大きい事件が起きた。今年事件が起きたというよりは、ずっと続いていたことがようやく表に現れた、という形だ。
各事件の詳細や分析、評価は専門家に委ねるとして、私はこういったニュースが報道された時、まずは加害者側の立場で考える。
集団心理と同調圧力
当事者へのインタビューからは「最初はヤバい事ではないかと思ったがそういうものだと説明を受けた」「みんなやっているから大丈夫だと思った」「問題にすることで不利益を被る事を恐れた」とった、集団心理や同調圧力によって違法行為が長い間黙認されてきたことが分かってきた。
これだけ聞くと、ビックモーター社員も自民党の議員や秘書も単に責任逃れをしているだけのように聞える。特に政治家は税金を使って国民のために政治活動をする立場であり、つねに国益・国民目線での判断が求められるのでなおさらだ。多くの国民が低賃金とインフレで日々の生活が困窮している中で、政治献金パーティーの収入を派閥や政党の活動という本来の目的外で使用し、決められた報告を怠った上で私腹を肥やしていた行為は責められて当然だ。また政治家としての資質以前に人としての判断力が足りていないと言われても仕方がない。そんな人々が選挙で選ばれて日本のかじ取りをしているのなら、少子高齢化や年金などの長期的な問題が解決できるわけがない。国民が政治家に対してそのように失望し、下がりに下がった与党・自民党の支持率は当面上がることはなく、このままだと次の選挙で自民党が下野する可能性だってある。
だが、この集団心理というものは一筋縄ではいかないものだ。集団の外から見て「判断力の欠如」だと簡単に片づけてはいけない。もちろん犯罪、不正行為を正当化するわけではないし、罪は罪だ。だが一般企業でさえ文化や慣習があり、分からない事があれば周りの意見に従うということは特別なことではない。その組織のルールに対して明確な判断基準を持ち得ていなければ、自分で判断することはできない。
新入社員や出向、派遣によって新しい職場に着任すると、まずは基本的な事務ルールを教えてもらえる。そのあと、業務知識や仕事上の手続き、ノウハウを学んでいくことで、円滑に仕事が出来るようになっていく。学んだルールや手続きに違和感や非効率があったとしても、そこで反論し正そうとすると「ややこしい奴」というレッテルを張られかねないので、出来るだけ大人しく穏便に過ごしておく方が得策だと考える。また、よほどの違法行為でなければ正しさを判断できないこともある。慣れない職場・仕事に不安もあるので、「ここではそうやってきているから」と説明があれば、とりあえずは従っておけば安心だ。時代によっては正しさが変わることだってある。
政治の世界はなおさら、外から見ていて分からないことが多い。政策を実現するには選挙で当選しなければ実行力も持つことはできない、と言う点は理解している。だがなぜ選挙活動にお金がかかるのか、支持を集めるにはどうすればよいか、献金・政党助成金・議員報酬などのお金の扱いなどはネットで調べても明確な答えにたどり着かない。法律・法令で決まっていても、細かいところや実際の手続き面では慣例・慣習に従っている部分も多いのだろう。しかも政党・派閥の幹部たちは長年選挙に勝ち続けており、実行力や影響力を持っている。そういった重鎮が「昔からこういうことになっているから大丈夫」と説明を受けたら、「え、そうなの?」と疑問は持ったとしても「良く分からないから、きっとそうなのだろう」と正常性バイアスが働く。政治家には元弁護士や税理士など、税金や法律に詳しい面々もいるのだが、立候補や当選した時点では政治に関して素人だ。また法律に細部まで定められているわけではないし、政治の世界には大きな野望を実現するために小さな悪に目をつむることだってあるに違いない。
結局は、人は誰もが狭い世界で生きているのだ。ビッグモーターの社員も政治家も、狭く特殊な世界の中で生きていくために、その世界の外からみたら明らかにおかしい誤った判断をしてしまった。第二次世界大戦中のナチスや太平洋戦争における日本軍においても、各国のエリートたちが大局的な判断を誤って多数の悲劇を招いている。集団心理とはそれだけ根が深くややこしいものだ。
個人だけの問題ではないことを認める
集団心理に関する問題を個人の資質・能力の問題と片づけてはなにも解決しない。だからと言ってその集団・組織がすべて悪いかと言えばそうでもない。私は基本的に性善説の立場なので、よほどの悪人を除いては意図的に犯罪を犯してそれを隠そうとしたとは思わない。大なり小なり犯罪を犯すには理由がある。そして特異で閉鎖的な集団のなかでは特に間違った判断は起こりやすい。最初は小さな間違い・曖昧さゆえの誤判断に過ぎなかったことが、組織や規模が拡大し時間を重ねるごとに道を大きく外れ、気付けば犯罪行為となる。そして自浄作用が働かず制御もできないモンスターが誕生する。集団の中からこのモンスターを退治することは難しく、よほどの勇者か外の世界からきた冒険者に委ねるしかない。
モンスターを明るみに出して退治したら、平和で正しい世界を取り戻すことができる。だがモンスターが発生した原因を潰さなければいつ復活するか分からない。悪事の中心人物、親玉がいるのならそのモンスターを退治すれば解決するが、集団心理による犯罪行為には親玉がいないので、ルールや制度・組織の在り方などを変えていかなければならない。当事者たちが自分の行動を振り返り、どこで判断を誤ったのかを分析する。再発防止のために、間違っていたルールは正し、曖昧さを取り除く。新しいルールを作り、必要に応じて法を改正する。誰が当事者となっても判断を間違えず、再発させないような枠組みを作らなければならない。
個人の資質・判断力に問題があり、また悪意がある当事者には退場してもらわなければならないが、それも新たに定めたルールに則って対処できなければ、時間が立って人が変わればまた再発しかねない。そうならないための枠組みが必要となる。
どこまで踏み込めるか
ビッグモーターは経営破綻寸前の状態で、スポンサーからの支援をうけての立て直しを検討中だ。ここで過去のしがらみ、文化をリセットし、新たな基準やルールを整備していくのだろう。
地に落ちた自民党は、今回の問題にどこまで踏み込めるのか。個人を責めるのではなく、根本原因をどれだけ深堀できるかば肝となる。さらには税金から政党助成金が支給され、また多額の議員報酬があるにも関わらず、企業や個人からの献金がなければ政党・派閥の運営が出来ずに選挙にも勝てない、という構図にメスを入れてほしい。献金パーティーの存在自体が謎でしかない。やましいことがなければ、政治家を応援したい企業・個人は堂々と献金して資金援助すればいいのだ。
細かいところは分からないので無責任は発言であることは承知しているが、国民目線でよく分からない曖昧な部分を明らかにすることが最初だろう。あいまいな部分をあいまいなままにしていては根本的な解決はできず、時間が立てばまた再発するのは想像に難くない。政治とカネの問題は、なにも自民党だけの話でもあるまい。ここでいち早く行動し、正しさをアピールできた政党・派閥が次の選挙を有利にするめることになる。
個人が罪を犯かす余地のない組織にどう変えるのか、システムトラブルの際もこの考え方は共通であり、もっとも重要だ。どんな優れた組織で、有能な人が集まっていたとしても、すべてを管理できるわけではないし、全員が勇者なんてこともない。個人の罪を責めて、トカゲのしっぽのように切り捨てれば解決するものでもないのだ。