完食指導によるトラウマ
食事は残さず食べることがあたりまえ、という環境に育った。保育園や小学校の給食では、嫌いなものがあっても残すことは許されず、給食の時間が終わっていても給食を食べることを強いられた。私も子供のころは人並みに好き嫌いがあり、特にグリーンピースが一番苦手だった。苦肉の策でわざと床に落としたり、座布団の下に隠すといった愚行に走ったこともあるが、当然ながら両親や保育士にすぐに見つかってひどく叱られた。その時の苦い経験もあって、未だにグリーンピースを噛んで食べると吐き気をもよおすようになってしまった。
「完食指導」というらしい。子供は栄養あるものを沢山食べなければならない、という価値観・基準のもとで、学校や教師の評価の一つになっていた時代もある。
・給食は残さず食べるのが当たり前で、残すことは悪だ。
・貧しい国の人たちは満足に食べることが出来ず、栄養不足に陥っている子も多い。
・農家や給食を作ってくれた人に申し訳ない。
このような価値観や理由付けにより、「給食は残さずに食べなければならない」と、そんな指導が行われていたのだ。
もちろん子供にとっての食事はとても重要だ。育ち盛りの子供たちは、大人以上に栄養バランスのよい食事を十分に摂取することがその後の成長に大きく影響を与える。だが食事の目的は栄養を取る事だけではない。家族や友人と共に、おいしい食事を味わいながら楽しく過ごすことも、子供の成長とっては欠かせないものだ。
食べ物に感謝し、残さず食べることは美徳
もちろん、食事に感謝をすることは大前提だ。野菜や肉の生産、運送、調理と様々な人のおかげで、食事は我々の前に並ぶのだ。それを残すことは礼を欠く行為であり、食事はできるだけ残さず食べたいし、食べてほしい。日本の「もったいない」精神は、「完食指導」という行き過ぎた弊害につながった面があることは認めながら、それでも貴重で重要な文化だと思う。世界的に見れば食料不足の国や地域はまだまだ多く、毎日栄養ある食事がとれることは、決して当たり前のことではないのだ。
世界的にみると、生産した食料のうち3分の1が賞味期限切れなどを理由に廃棄されて、日本でも毎日家庭や飲食店、学校などで毎日500万トン以上が捨てられている。なんともったいない事だろう。
ただ食材が無駄になるだけでなく、生産・製造にかかわる人件費や光熱費、また廃棄にかかる費用も発生する。少子高齢化による労働力不足や、エネルギー資源の高騰に直面する日本にとっては、こういった不要なコストを抑えることはとても重要だ。食材の生産者にとっては、結果的に無駄になったとしても作った分が売れるので、一概に生産を抑止すればすべて解決する、というわけではないだろう。それでも、食べるために作る、という本来の目的に立ち返ってみれば、現在の状況はバランスを欠いていて、正常とは言えない。正常でないものは、いつか破綻し終わりを迎える。
個人レベルでのフードロス対策を考える
だからと言ってこのフードロス問題に個人レベルで取り組むには限界がある。以前は私も、家庭で子供が好き嫌いを理由に食べ残したり、宴会で大皿の料理が残っていたら、できるだけ残さずに食べきりたいと思っていた。だが、私が無理して食べたところで、救えるのはせいぜい数十グラムに過ぎない。
各家庭で、子供の食べ残しをもったいないからと親が代わりに食べても根本的な解決にはならないのだ。成長期の子供たちなら摂取した栄養が骨や筋肉の形成に繋がり、また日々の勉強や運動などで消費される。バランスを欠かなければ、少しばかり過剰にカロリーや栄養を摂取しても問題はないだろう。だが成長のピークがとうに過ぎて新陳代謝が低下した40代では、消化しきれずに胃や腸に不調をきたすこともあるし、使い切れなかった栄養は脂肪として蓄えに回ってしまう。内脂肪の増加は高血圧や糖尿病、動脈硬化などのリスクもあがっていく。不必要に摂取したカロリーを消費するために運動量、活動量を増やすというのも本末転倒だ。
食べ物の廃棄は減ったとしても、健康や時間など、別のところでロスが発生していては意味がない。
家庭では、作りすぎたり、食べきれないと思ったら、配膳する前に取り分けておけばよい。生ものでなければ、冷蔵庫に入れておけば1~2日はおいしく食べられる。仕事で帰りが遅くなった場合には、夕食にすべてを食べる必要はなく、翌朝や、在宅勤務の昼食などでに回せばロスにはならない。寝る前の食事は胃に負担をかけるので、健康面でもメリットがある。ただ食べ残しは衛生面で問題があるので、取り分けるなら箸をつける前だ。そしてそういった残り物は、翌日以降に積極的に消費していくことを意識する。奥の方に置いて見えにくくなると、食べ忘れて消費期限を過ぎてしまうので、冷蔵庫をぎゅうぎゅう詰めにしておかない事もフードロス対策の一つだ。これは冷蔵の効率もあがるので節電効果もある。
飲食店や食堂、コンビニでは、適切な在庫管理や生産管理が企業側に求められるが、個人レベルでは、消費期限が近いものから買う、という意識が重要になる。精肉や生魚であれば消費期限が1~2日になると割引対象となる店が多いが、野菜や乳製品にもそのサービスが広がれば、消費者の購買意欲を高めることにもつながる。コンビニ弁当も同様だ。その日に食べるのなら、消費期限は当日のものを買えばいい。
消費者としては、品切れが発生することも許容しなければならない。売り切れたら買えなくなるのは当然のことだし、スーパーで営業時間が近づけば、品切れが多くなるのは当然なのだ。コンビニでも、深夜に弁当やサンドイッチなど消費期限が短い食べ物を買えることは当たり前ではないのだ。そもそも昔は24時間営業の店などなかったのだから、パックご飯や冷凍食品、消費期限の長い加工品が買えるだけでも十分にありがたいことだ。企業側も、思い切ってそういったスタンスに舵を切っても良いと思う。
供給過多の価値観を変えなければならい
便利に越したことはないが、必要なものがすぐに手に入る時代は終わりが近づいている。限られた資源や労働力は、医療やインフラ整備など重要で優先順位が高い分野に振り分けなければならないし、今後は自然と、半ば強制的にそうなっていくだろう。
手に入ることは当たり前ではない、食事やサービスの一つ一つにありがたみを感じて日々を過ごしたい。これは決してフードロス対策に限った話ではなく、これから生きていく上で重要な価値観になる。