外国人観光客があふれている

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今年の春休みはコロナによる行動制限もなく、家族といろいろなところに出かけた。我が家には自家用車がないので移動はもっぱら公共交通機関なのだが、電車の中で現地でも、多くの外国人観光客で溢れていた。まだ中国人観光客の姿は見られないが、その他のアジアの国々や欧米諸国からの観光客と思われる、バックパックを担いだ人たちや旗を持ったガイドについていくツアー客のために、お店や観光施設はどこも混雑していた。

コロナ禍で疲弊した観光業はようやく復活の兆しが見えてきた。観光立国日本としては今後さらに多くの観光客を日本に呼び込み、ホテルや観光施設だけでなく、百貨店や飲食店に経済効果を波及させたいところだろう。

関西住民の複雑な感情

資源の少ない日本にとって、インバウンド消費が今後ますます重要になることは頭では理解している。しかし観光業に直接携わらない立場からすると、外国人観光客が増えることには少々複雑な思いがある。

昨年や一昨年、コロナ禍で入場制限されて外国人観光客のいないユニバやディズニーランドは待ち時間がとても短く、アトラクションは乗り放題だった。新幹線やホテルの予約もしやすいし、移動のストレスも軽減されて、明らかにコストパフォーマンスが良かった。京都や奈良でも落ち着いて社寺仏閣を回れるし、カフェでゆっくりと寛ぐことができた。観光・エンタメ業にとって最悪なあの日々は、良くも悪くももう二度と帰ってはこない。

今年のゴールデンウィーク、せっかくなので1泊旅行にでも行こうかと旅行サイトを巡ってみたが、明らかに出遅れてしまい、手ごろなホテルは軒並み予約でいっぱいだった。もちろん外国人だけでなく、日本人による国内旅行の需要も回復してきている。また、宿泊施設側ではコロナ禍で従業員を減らしたために、十分に受け入れ態勢を整えることが出来ない、という事情もあるだろう。結局、ゴールデンウィークの旅行は見送ることにした。

大阪IR(統合型リゾート施設)の事業計画が政府から認可された。2025年の万博、2029年のIR開業と、今後関西圏ではますます外国人観光客にとって魅力的な観光地となっていく。観光客だけでなく、さまざまな理由で関西に住む外国人も増えていくだろう。

外国人が増えることは、メリットだけではない

今回の大阪府知事・市長・府議会議員・市議会議員選挙の争点の一つが大阪IR事業だった。そしてIRを推進する大阪維新の会が大勝したことで、大阪はますます外国人観光客のための都市へと変わっていく。インフラ整備など、地域住民には経済効果以外のメリットもあるだろうし、小売業や飲食業で恩恵を受ける人も多いだろう。だが身近に外国人が増えていくという現実について、住民はどこまで認識し覚悟しているのだろうか。

コロナ前、ユニバに行けば半分近くの入場者が外国人だった。どこの観光地に行っても外国人で溢れていた。コロナでこの3年間は国内の外国人は激減したが、コロナが明けた今後は観光地から離れたショップや飲食店でも外国人を見かけることが多くなっていくだろう。それに伴いお店側にはコミュニケーション手段や決済手段の対応が迫られるし、異文化への理解も求められる。慣れ親しんだ店に外国人が増えることで、なじみの客は離れていくかもしれない。

岸田内閣による異次元の少子化対策にどれだけ効果があるかは今はわからないが、仮に効果があっても人口減少を食い止めるのは至難の業だし、人口増加に転じるには数十年かかる。それまでの間、人口減少によって低迷した国内需要や労働力不足を補うには、海外から観光客や労働力に頼らざるを得ない。外国人が国内に増えることで、トラブルが発生する可能性も上がる。

そういった実際に起こる変化を日常生活の中で実感する日が来るのは、そう遠くはない。

日本における移民受け入れの議論も増えていくに違いない。日本は他国に比べて移民認定の基準が厳しく、公には積極的な受け入れはしていない。外国人はあくまで労働力としての扱いで、人口減少を食い止めるために移民を受け入れる、といった政策はとっていない。しかし労働人口が減っていけば、労働力としての外国人受け入れは加速するだろうし、その外国人の生活を保障する仕組みや、働きやすい環境がなければ定着しない。日本で働く、ということを選択してもらうためにも、働きやすさ・住みやすさを整える必要がある。それは一定の権利を認めることでもある。周囲の住民も、外国人を受け入れなければいけない。

観光立国日本に住むということ

外国人はお金を使うことを目的に日本に来るのではない。日本という国から、サービスを受ける対価としてお金を使うのだ。そして日本=観光業、ということでもない。我々一人ひとりが日本なのだ。観光立国とは、観光業に従事する人だけが頑張ればよいというわけではない。日本が観光立国を目指す以上、我々も個人レベルで、観光立国日本の一員としての振る舞いが求められる。

観光立国への道を突き進むとは、こういうことなのだ。決して良いことばかりではない。それでも覚悟を決めなければいけない。日本が経済活動を維持し、また我々が日々の生活レベルを維持するためには、この道は避けて通れない。50年後、100年後の日本の姿がどうなるかは分からないが、僅か20年後の日本のために、一人ひとりの覚悟が求められているのだ。

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