フロア工事はけっこう大変
顧客のオフィスのフロア工事の立ち合いをした。パソコン、電話機が40台近くおかれた机が3列に分かれて設置されている部屋だった。机の各列の間隔が狭く、列の間の行き来に支障があるため、職場改善の一環で部屋を拡張して机の列の間隔を広げることが目的だ。私の会社から顧客に対してはパソコンや電話機、そしてパソコン上で使用するソフトを提供している。そのためパソコン本体とそこに刺さっているLANケーブルの移設までが、立ち合い者としての私の責任範囲だった。また、各机には顧客自らが設置しているパソコン、電話機も置かれているが、これらの移設は顧客が手配した別の業者が担当していた。
今回の工事の段取りはこんな感じだ。
①パソコン、電話機を別室に移す。(顧客設置分)
②パソコン、電話機を別室に移す。(私の会社設置分)
③机を1列移動し、床下を開ける。
④床下の電源ケーブルの敷設を変更する。
⑤床下のLANケーブルの敷設を変更する。
⑥床下のアナログ電話回線の敷設を変更する。
⑦机をレイアウト変更後の位置に移動する。
⑧パソコン、電話機をレイアウト変更後の席に設置する。(私の会社設置分)
⑨パソコン、電話機をレイアウト変更後の席に設置する。(顧客設置分)
⑩稼働確認を行う。
そしてこの作業には合計7社の業者が関わっていた。
A:パソコンや電話機、机の移動担当(顧客手配)
B:電源ケーブル担当(顧客手配)
C:LANケーブル担当(顧客手配)
D:アナログ電話回線担当(顧客手配)
E:パソコンや電話機の移動担当(当社手配)
F:LANケーブル担当(当社手配)
こういった工事については、通常はオーナーまたはメイン業者が全体を管理する。ある程度の規模であれば、各業者の作業時間を細かく見積もり、タイムチャートを作成して各作業の進捗を管理する。各業者はメイン業者の管理者の指示に従って作業を始め、一つの工程が終われば完了報告をする。また、全体の作業が始まる前に、全体のスケジュール・段取りの共有をする。慣れている業者であれば、よほどの問題が発生しなければタイムチャート通りに作業は進んでいく。発注側とすれば、1社1社の動きはあまり気にせず、全体の管理者に進捗を確認すれば状況が分かるので、楽だし安心だ。
しかし今回の立ち合いは、オーナーである顧客に各業者がぶら下がっており、メイン業者が存在しなかった。あえて言えば顧客が全体を管理する立場だったが、フロア工事の管理に不慣れということもあって事前準備は各業者毎の所要時間の確認と、変更後のレイアウトの提示、および作業時間帯を確保するための業務調整くらいだった。詳細なタイムチャートを作成したり、作業開始前に当日の段取りを確認し合う、ということもない。そのため当日の作業計画は、作業開始は18時、終了は最大で翌日4時、遅くとも翌朝の業務開始までには完了する、というざっくりとしたものだった。
作業の終了時刻がまったく読めず、終電までに終われば電車で帰れるし、深夜時間に終了すればタクシーで帰るしかない。明け方までかかれば始発で帰る予定だった。
結果的には、想定以上に早く終わった
3列の机を順番に移動していくので、各業者の作業は並行で進めることが出来る。1時間かかる作業でも、3社が段取りよく進めれば1時間半程度で終わることもある。しかし段取りが悪ければ直列作業になるし、且つ各社同士の連携の仕方によっては3時間以上かかることもある。
もちろん各業者はその分野のプロだし、今回のような作業は経験豊富だ。しかし業者間のつなぐ役割がいないので、コミュニケーションが良くない。前の作業が終わったかどうか、想定取りの状態になっているかが分からないので、各作業の間に待ちや手戻りなどのタイムロスがあった。そのため、作業開始してからは全体的にバタつきがあり、タクシーか始発帰りを覚悟した。
しかし1列目の移動が終わったあたりから雰囲気が変わった。各業者同士の作業の進め方を互いに理解し始めたことで、並行して作業に着手できる部分が見えてきた。1列目のように待ちぼうけている業者はほとんどおらず、皆が黙々と自分の担当作業を進めていく。さらに、他の業者が次の工程で作業しやすいように助け合っている姿もあった。22時半ごろには机の移動自体は完了し、あとはパソコンを設置しLANケーブルとつないで稼働確認をするだけだ。その頃になると皆の心に「これは終電で帰れるかも」という気持ちが芽生え、後工程の業者を積極的に手伝い、応援するようになった。結果的に全行程が完了したのは23時半。私も終電で帰宅することが出来た。
マイクロマネジメントの弊害を見た気がした
以前立ち会ったフロア工事では、作業全体を管理・コントロールする現場監督がいた。各業者は担当作業が終われば管理者に報告し、管理者の指示を待って次の作業に取り掛かるので、ほぼ計画通りに作業が完了するし、工事全体が現場監督の管理下にあるので見ていて安心だ。各業者も、指示された後に自分の責任を全うすればよいから気持ちが楽だ。
しかし今回は現場監督がいなかったから、互いにコミュニケーションをとり、前工程の状況や各自の担当作業に着手して良いかを確認する必要があった。自分の担当範囲だけを見ていては作業が進まないので全体の流れをみて、各自が自発的に「フロア工事」というゴールを目指した。そして終電前に全作業を終えるという結果に繋がった。
結果論だが、現場監督が各業者作業をきっちり管理し、計画的に作業を進めていたらもっと時間がかかっていたかもしれない。各業者の責任範囲は決まっている。指示を待っていればよく自発的に動く必要はない。分からないことは現場監督に聞く。なにか問題があれば現場監督の指示を仰ぐ。指示に従っていれば、なにかあっても責任はない。こういう状態になると、よほど現場監督がうまく裁かなければ、自らがボトルネックになって作業の進捗遅れに繋がりかねない。
これはマイクロマネジメントの弊害でもある。時間をかけて細かく計画を作り、タスク分けをし、各自の担当範囲・責任を明確にする。各作業が終われば報告を求め、そして次の作業の指示を出す。割り当てられたタスクを計画通りに終わらせればよい。責任範囲は明確で、責任範囲外のことはする必要がない。他の人が何をしているか知らなくても困ることはないし。作業にかけられる時間は決まっているので、早く終わらせる必要もない。自分たちが何を作っているか、どこに向かっているかを知る必要はない。
そのプロジェクトの成否は管理者とプロジェクトオーナーのみが背負うことになり、作業者の自主性・主体性が育つことはない。何をすればよいか分かっている作業に対して、回数を積み重ねるだけだ。技術・ノウハウが横に広がらない。プロジェクトの経験も積みあがらない。ただ一つ一つのタスクをこなした、という結果が残るだけだ。プロジェクトをやり遂げたという達成感も得られない。そこには一人の管理者と、大勢の指示待ち人間がいるだけだ。
管理されることと、自らゴールを目指すこと
プロジェクトマネジメントは、その名の通りプロジェクトを管理・コントロールすることだ。進捗やコスト、リスク、課題などを数値化する。その数値がコントロールできている間は、プロジェクトは順調に進んでいる。しかし数値が見えなければ、そのプロジェクトはとたんに不透明になるので、PMとしては不安で仕方がない。
部下の仕事を管理する立場であっても同じことだ。管理には手間もかかるが、状況が分かれば安心だ。問題が発生しても予兆に気付けることが多いので、傷が浅いうちに対処できる。そのため部下の経験が浅く任せるのに不安があれば、失敗するリスクを極力減らした形でタスク化しておきたいと思う。失敗して辛い経験を部下にさせたくない、という気持ちもあるだろう。でもそれでは部下は育たないし、その作業が何のためのもので、自分がどこに向かっているのかが分からなければ、終わったときの達成感も得られない。いつもコントロール可能な仕事ばかりであればよいが、そんな定型化した誰でもできるような仕事はいつかなくなる。
難しい仕事だからこそやる価値があるし、そういった仕事をやりとげてこそ評価される。でも最初からいきなり難しい仕事をやり遂げられるわけではない。ゴールを意識して自分で考え、失敗も経験しながら学び、成長する。できる限り成功できるようなフォローはしつつも、部下に仕事を任せて責任感を持たせることが、管理者に求められている。
プロジェクトや各タスクの難易度、メンバのスキルにもよるが、細かく管理することよりも共通のゴールを目指して各自がベストを尽くすことこそ、プロジェクトの成功に重要なことだ。
フロア工事の立ち合いからそんなことを学んだので書き留めておく。