物価上昇を上回る賃上げ
1月23日に開会した通常国会の施政方針演説にて、岸田首相は「物価上昇を上回る賃上げが必要」と訴えた。それに呼応してユニクロや第一生命、自動車メーカーといった大企業が大規模な賃上げを発表した。しかし物価上昇はそもそもロシアのウクライナ侵攻による石油や天然ガスなどの資源、農作物の価格高騰、世界的な労働コストの上昇が原因であり、また過去週十年にわたるデフレの反動という面もある。コロナ禍が終息しつつあり、消費も回復傾向にあるが、だからといって景気が良くなって企業収益が増えたわけではない。もちろん昨年の円安が寄与して最高益を叩き出した企業もあるので、収益向上を伴った賃上げは妥当だが、中小企業を中心に多くの企業はそういった状況ではなさそうだ。
しかし増税や物価上昇で消費が冷え込んでいる中、大規模な賃上げをして消費を活性化して需要を増やし、その結果企業収益と税収を上げる、というサイクルが必要なこともわかる。にわとりが先か卵が先か、一般人には難しい話になってくる。
効率化による賃上げとは
ある企業が賃上げを行うための大規模投資を行っている、という特集を見た。今まで稼働させるのに3人かかっていた製造機械を一新し、一人で操作できるものに変更したのだ。これによって作業効率を高めることで賃上げを行う予定だというが、普通に考えるとこのロジックは破綻している。効率を高めて生産量を増やし、売上が増えることで収益が増え、結果として賃上げする、ということならわかる。しかしその企業では製造量はこれまでと変わらず、もともとその作業を担当していた従業員は別の作業にシフトしたという。当然ながら不要になった人員を解雇すればコスト削減ができるので残った従業員の賃金がアップする、と言うロジックが成り立つが、日本では簡単に解雇はできない。コストを下げずに賃上げをするのなら、収益を増やすしかない。効率化は直接賃上げをする効果はなく、あくまで競争力を高めるためのものだ。
一時期RPAが流行ったとき、単純で機械的な作業をRPAで代替させることで、何十時間もの労働時間を削減した、という話があふれていた。その時も各企業は口をそろえて「人員配置の見直しを行い、単純作業から付加価値の高い業務、職種に転換していく」と言っていたが、実際はどうなっているんだろうか。
付加価値の高い仕事とは
金融業やサービス業であれば、対面業務はAIやロボットへの代替は限界がある。より手厚く顧客をフォローし要求を深堀りして収益を高めるには、そういった対面業務への人員配置を増やす方がよいのはわかる。しかしそういった付加価値の高い仕事は、より高度な知識レベルやスキルが求められる。これまで非対面業務、特に機械やロボットで代替可能なレベルの仕事にずっと従事していた人に教育をしたとしても、どこまで戦力になるのだろうか。製造業であればなおさらだ。これまで機械を操作したり工場のラインで働いていた人が、配置転換でできる付加価値の高い仕事とはなんだろう。
リスキリング・学び直し・再教育をしたとしても、本当に価値を生み出すようになるには何年もかかる。また中堅・ベテラン社員が新しい仕事・業務を学び直す意欲を持っているとも限らない。結果として、ある作業の効率は上がったが社員が生み出す価値は変わらない、ということになる。効率化以上に要員配置の見直しと戦略的な教育・育成が重要で、後者に重きを置かなければ効果の出ない効率化のために余計な投資をしただけだ。
賃上げの裏側
内部留保の還元をしたとしても一時的な措置なので、企業が賃上げをするのなら収益を増やすことが大前提だ。それが不十分であれば、表向きは賃上げだとしても、その裏では評価体系の見直しもあるだろう。効率化によって職種が変われば、そこでの生産性が一時的に下がることは避けられない。役職を降格される人も出てくるだろう。そういった人たちは、賃上げブームのなかで給料が下がる、ということが起きるのではないか。これでは政府の思惑とは真逆だ。
人口減少により、これから各企業では特に若い人材を確保することが難しくなってくる。そのため「大規模な賃上げ」を公表することで新卒や中途といった外部人材確保のためのアピールになる面もあるだろう。
その裏で、現状維持すらできない人たちも出てくる。賃上げブーム、真に恩恵を受けるのはだれだろう。